昔気質技術者のお小言

車、日用品、家電製品、時事問題を技術者的に

ドローン規制論から自動車について思う

とあるラジオ番組で”ドローン規制”についての解説をしていた。

そういった話は各マスコミ・各番組でコメントが出されているが・・・

この問題は難しい。私ごときが言うまでもなく。

その番組のコメンテータいわく、

「人間が便利に使っている道具で、それにより年間たくさんの人が死亡している道具がありますが何だかわかりますか?それは”包丁”です。悪いのは道具ではなくて道具を使う人間なのです」。

こういった喩えはよく聞かれるものである。

確かにそういった部分はある。

しかし道具自体が悪意を持って作られたものだってある。

これは少し考えればいろいろ出てくるから例は挙げないが。

悪意がある道具は見りゃわかるから簡単ではある。

しかし最もたちが悪いのは、いいかげんに、あるいは浅い考えで作られた道具である。

その代表格が”自動車”。

自動車事故を包丁に例えて、”運転する人が悪い”とする意見もあるが。

しかし包丁と自動車は設計思想が違う。

自動車は設計でかなり危険度が抑えられるもの。

危険度を抑えると言ってもエアバッグとかABSとか自動ブレーキのことではない。

これらは全て危険な状態に陥ってから作動するものだ。

設計自体が”危険”な自動車が少なくないのだ。

いい加減な設計、あっさい考えでの設計で。

例えば、視界が狭いもの。この危険性は言うまでもない。

スピード感を感じさせないもの。

これはスピードの出し過ぎにつながる。特にバカ者が運転すると。

また、きちんとした運転姿勢を取れない車もある。

メーカーMのセダンに代車で乗ったときは「何だこりゃ?」と思ったものだ。

きちんとしたドライビングポジションにしようとすると天井に頭が当たる。

他メーカーの車でもたまに、歯医者の椅子に座るような姿勢を取らせるものがある。

こういった車で”安全運転”ができるわけがナイ。

というわけで、自動車の場合は

「悪いのは道具ではなくて道具を使う人間」というだけでは済まない。

バカな人間が作った自動車自体が危険を引き出す、

という要素がかなり大きいことは理解していただきたく思います。