昔気質技術者のお小言

車、日用品、家電製品、時事問題を技術者的に

5代目シルビアは稀代のバ○車だった

5代目シルビアは女子ウケ抜群だった、とか。
https://trafficnews.jp/post/78278

この車が発売された時には私もすでに車を運転し始めて数年だったが、
その当時の私が見てもこれは酷い車だった・・・
この車をほめちぎるライターももしかしてアタマが文字通りバブル、すなわち頭蓋骨の中に”泡”しか入っていないのではないかと思われるという車なのだが。

まず、きちんとした運転姿勢が取れない。
ひと昔くらい前の歯医者の椅子に座るようなポジションになる。
当時BMWのドライビング講習で教えていたというドライビングポジションは絶対にとれない。

きちんとしたドライビングポジションが取れないということはまともに運転できない、あるいはマトモに運転する気が無い、車を知らない輩が選ぶ車ということだ。

ちなみに数年前に代車で乗った三菱のセダンも酷かった。
きちんとしたポジションを取ろうとすると天井に頭が当たる。
”セダン”なのにこれだぜ?
三菱の車づくりがいかにいい加減かというエピソードの一つである。

閑話休題
これは後から知ったのだが、ヘッドライトが暗かったそうな。
じゃあどうするか。
補助灯、すなわちフォグランプとされていたライトを併せて点けないと暗くて運転できないそうだ。

もちろんフォグランプ前照灯ではナイ。
前照灯だけで十分に明るくなければ車としてはダメ。
ちなみにフォグランプも、バンパーより上についているものは”フォグランプ”としては役に立たない。
これについてはかなり前にここでも書いているのだが、また説明する機会があるだろう。

というわけで、このシルビアは当時の私が金持ちだったとしても、まっっったく買う気が起きない車だった。
車としてダメダメだから。
このころから日産の凋落が始まったのだが。
その数年後、某プロバイダの車関係のフォーラムで、日産に勤めている”研究者”という輩の発言を見ていたのだが、車を作る側の責任感が全くない輩だった。
事故を起こしたらそれは運転者が悪い、包丁だって使う人によっては凶器になるという論理を振りかざしていた。

しかし車は包丁のような道具ではなく”機械”なので、きちんとした設計をしようと思えばできるし、しなければならない。
運転ミスをすれば人が死ぬものだからだ。
運転ミスが増える設計、減る設計てのが実際あるのに、責任を全部買う人に押し付けていたわけだ。
その後の日産の凋落と外国人社長を迎えなければならなくなった歴史はご存知の通り。

しかし現在も意識はそれほど変わっていないと思う。いかにゴーン氏が頑張ったとしても。
それは、もう二回くらい書いたが、三菱の燃費不正問題。
共同開発し三菱が作った軽自動車を、何のチェックもせずに売っていた事件。
共同開発したクルマとはいえ他社が作った車を自分のブランドで売るのだから、品質を再チェックするのは当然。
それをやらずに燃費不正を知らずにのほほんと売っていた、という体たらく。
すなわち現在の”意識”もその程度。

 

車マニアではない人のための車の選び方〜本当に節約できる車を選ぶために〜【電子書籍】[ ライフエッセンス研究会 ]