昔気質技術者のお小言

車、日用品、家電製品、時事問題を技術者的に

用途がなくても欲しくなる・・・確かに

GPD Pocketの紹介。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/coltop/15/118183/101300108/

このタイトルの「用途がなくても欲しくなる」ってのは、確かに!!

いや、私も欲しいのだが。実は。
出先で文字入力をしたいときとか。
ガッチリとネットをしたいときは検索ワードをがっちりと入れたいし。
自立するディスプレイは喫茶店などでも使いやすい、見やすい。

しかしよくよく考えると、出先で文字入力をがっちりとするなんて機会がどのくらいあるのか。
一回の外出で一回あるかないかだから、タブレットスマートフォンにしておいて、その時に頑張って入力すればこと足りるのではないか。
こんな重い物(タブレット等に比較して)を一回使うか使わないかのために持ち歩くのか。
普通のノートPCに比べればはるかに持ち歩きやすいが。出張の時、すなわち”仕事”用ならばかなり便利だとは思うが・・・

・・・でも欲しい(汗)
この手のデバイスは買ってから用途を考えるというパターンですかなあ・・・
持ち歩きに慣れれば、かなり使いやすいと思うのだが。

間違っているが、ま、いいか的な言葉

もう時々寒い日が。
とある日のラジオの天気予報で、
「明日は寒くなるので”防寒対策”をしっかりとしてお出かけください」

えーと、”防寒”に対して”対策”してどうするのだ?
”寒さを防ぐ”ことに対する”策”ってなんなのだ?

同じような言葉で、”防災対策”

日本語が間違っとる!!
”寒さ対策”とか”災害対策”だろ!?

とは思うが、ま、仕方がないかとも思う。
なぜならば、とても分かりやすい言葉だからだ。
言葉は明らかに間違っているが、意味ははっきりと伝わる。
だからうるさくは言いまい。
揚げ足は取るまい。
こうやって日本語は変化(乱れて)していくのだなあ・・・

2017年の流行語大賞は?・・・って知らんがな!!

このブログへのアクセスなんか全然ナイ。
だから好き勝手に書いているわけですが。
読んでいるあなたは大変”奇特”な方です。
”奇特”の意味は調べられたい。
自分で言うか!?なんてツッコんでいいっすよ(笑)

で、こんな場末のブログの中で”比較的”多く読まれている記事が、
2017年の流行語大賞を予想する
って記事。

これにアクセスしてくる方々は一体何を期待しているのか。
2016年年末に2017年の流行語大賞を予想したという、大変くだらない記事なのだが。
今読むと、まーーーったく流行っていない言葉である。やっぱり(笑)

そもそも、流行語大賞ってホンの限られた人間があーだこーだ言うだけである。
その年の世相の評論のためである。
そんな流行語大賞を”予想”してどうするのか。

言っておきますが、”流行語大賞”がクダラナイとは思わない。
クダラナイのは流行語大賞を予想したり、その結果にあーだこーだ文句をつける輩。
前者はそれほどではないが、後者は猛烈にくだらない行為。

流行語大賞って公的機関が選定するものではないからねえ・・・
ただの一企業が選定した少人数によって選択されるだけのことだ。
だから、その彼らの世相の評論は聴いてもよいが、
流行語大賞選定結果に対する文句は聴いたり読んだり紹介するだけ時間のムダであるのだ。

”アニメ”ってこういうもんだよね!

タイムボカン24の第2シーズンが面白い。

どこがよいかというと、なーーーんにも考えずに見ることができるとこ。
アニメってそもそもそういうものだよね!

今シリーズでは、歴史上の人物の豆知識を挿入していくようだが、
ま、香りづけになっていて、これもよいのでは。

例えば昔のアニメのリメイク版なんか、そのほとんどが制作者の”マ○○ーベー○○ン”でしかない。
タイムボカン24もリメイク版だが、とにかく”楽しませる”ことに主眼が置かれているようだ。
原作をくだらなくリメイクする連中は一回タイムボカン24を見て勉強した方がよい。

なんか欲しい・・・


 

ロボ形態よりもクワガタ形態の方が味があるのだが。
(リンク先にその画像も)
しかしながら、オリジナルで言うところの”タイムドタバッタン”(バッタ型メカ)はいつ出てくるのだ?(まだ2話めは見ていないが)
前シーズンのラストで24人のレオナルドダヴィンチ(!)のうちの一人がその設計図を残していったのだが?

今回の”水戸黄門”は面白そうだ

水戸黄門の新シリーズが始まっている。
第1話は見逃した。
なんか放映時間が変わってたんだもん。(録画セットしていたのだ)
第2話を見たところである。

うーむ、なかなかよいなあ。
ストーリー展開はこれまでのものを踏襲している。
武田鉄矢の黄門様も違和感がナイ。

この手の時代劇はリアリティがないのだけど、
その中で「うーん、リアルだ」と思ったところ。
助さんだか格さんだかのどっちだっけかが、黄門様を「クソじじい」なんて言うところ。
今回の黄門様はなかなかワガママなキャラクターなのだ。
「クソじじい」に3人の仲の良さが表れている。

そして見せ場の大立ち回りの最中、
ご老公「助さん、あれ(印籠)を出しなさい!」
助さん「またですか?」
そりゃあ、”権力”はそんなに誇示するもんじゃあないよね!

ちなみに(何回か言っているが)、水戸黄門の最初は、”印籠”を見せびらかさなかったのだ。
居候先の主人が黄門様の腰にぶら下がっていた印籠の御紋を見て顔色を変える、くらい。
黄門様は助さん格さん弥七等を暗躍させて事件を解決。
印籠を掲げるシーンはナイ。
しかし全て解決して旅立つ際に、ご一行の後ろ姿に向かって居候先の主人以下がそっと土下座をする、というラストだった。

まー、現代の水戸黄門はここまでする必要はないが、
「またですか?」はクスッとするリアリティがあってよいなあと。
もっとも、悪人と無関係な人たちには大立ち回り時には避難させて、印籠を見せないという方がリアリティがあって良いと思うが・・・

黄門様ご一行は道中に悪人に襲撃されるのだが(おそらく今後も毎回)、
助さん格さんがちと強すぎないか?ってのもあるが・・・
ま、今後も楽しみだ・・・

時代劇、というかドラマってこのくらいリアリティがない方が面白くないか?
ヘタにリアリティを追及して中途半端になってくだらなくなるよりも。